1997●南昌
 


この日、 飛行機の時間までヒマだったので公園で読書しようと思って八一公園に入りました。街の中心にある広い公園です。とても暑い日だったので僕は木陰のベンチを選びました。丁度風上に面 していてそよそよとわずかに吹く風を全身で受け止められる絶好のポジションのベンチでした。そこでおもむろに「赤毛のアン」という本を読み始めました。

背後に人の気配を感じて我に返りました。振り向くと、男が一人立っていました。日本語の本を読んでいる所を後ろからじろじろ見られた訳で、これはちょっと危険なシチュエーションです。男はなれなれしく僕の隣に座り、話し始めました。

「僕は福建から来て今セールスの勉強をしています。あなたも本を読んでいますが、僕も本を読んでいます。僕の読んでいる本はこれです。」そう言ってかれは『セールスマンのための人を引きつける会話術』という本を差し出しました。
「僕は一生懸命勉強していつかお金持ちになるのが夢なんです。今度南昌に来たのもお客さんを捜すためです。ねえ、あなたこれを知っていますか?」
彼が差し出したのはうさんくさいパンフレットでした。
「僕はこれの客を捜しに来たんです。福建では競争が激しくてもう客は見つからないのです。」
パンフレットの表紙には『AMOWAY』と書いてありました。中には圧力釜とか洗剤の説明がたっぷりと書いてあります。
「…そうですか、これは日本でも有名なんですね。ぼくは2年前から始めたんですけど、あと2年で金をためて日本に行くのが夢なんです。」
「ところで日本の人と知り合った記念に、僕のペンをキミのと交換していただけませんか?」
「ありがとう。いい記念になります。あと、せっかく友達になったんだから住所も交換してください。」

こんな具合に僕の読書の時間はとんだ邪魔が入って中断してしまいました。せっかく清らかな心でいたのに、よこしまなヤツに邪魔をされてしまいました。せめてもの幸いだったのは変なものを買わされなかったことです。鍋を担いで日本に帰るのは嫌です。彼とは住所を交換してしまいましたが、あれから2年以上すぎても何の連絡もなく、「やっぱり『AMOWAY』じゃ財産は築けなかったんだなあ」と納得しています。