壁コレクション●2001陽朔
 


中国を旅行していると、自分では自覚しているつもりなのに、すぐに忘れてしまうことがあります。
【1】自分の年齢(もう歳だから無理はいかんのだ)
【2】物価水準の違い(10元って150円程度なんだからそのくらいの金ケチるな)、 そして
【3】中国が共産主義を目指す国だということです(だって無茶エグイ商売するんだもん)。


でもこの写真のような光景を見ると、思い知らされます。写真右の垂れ幕には「偉大なる中華人民共和国バンザイ」、左には「偉大・光栄・正確であるところの中国共産党バンザイ!」と書いてあるのですが、なんと自画自賛なことか。自分で書いてて恥ずかしくないか?というくらいの自信満々ぶりなのです。

これは上海の外灘でみたスローガンですが、この時はちょうどメーデーだったせいか、外灘に並ぶ全てのビルディングの外壁には様々なスローガンが盛大に飾られていました。

スローガンは中国では珍い物ではなく、街中にあふれています。書かれている言葉はまちまちで、「全世界の人民よ団結せよ」という定番物から「教育は国家百年の大計だ」という普遍的なもの、「一人っ子が良い」というバースコントロール系など、様々なジャンルがあります。
時代によっても様々なバリエーションがあり、先の「全世界の人民よ団結せよ」はちょっと前までは「全世界の無産階級よ団結せよ」と書いてあったような気がします。
また掲示形態も千差万別で、写真のように横断幕や垂れ幕で飾るものもあれば、看板を作るもの、予算がない場合はそのへんの壁に書いちゃうし、黒板にカラフルなチョークで書いてある場合もあります。
壁にスローガンを書く場合、上から塗りつぶせばすぐに更新できるので安くて便利です。文化大革命が始まって四人組が失脚するまでの時代は政治の振り子が激しく揺れ動いたため、次から次へとスローガンが上書きされてゆきました。


以前こんな話を聞いたことがあります。ある建物に壁に四人組を批判するスローガンが書いてあったので消そうと掃除したとこと、その下から四人組を礼賛するスローガンが出てきてしまいました。それも消そうとしたらさらに下から文化大革命時期のスローガンが、さらには大躍進時代のものまで地層の様に次々と現れたという話です。

 


1999年5月、僕は桂林の近くにある陽朔という町のそばの福利という村でこんなものを見つけて嬉しくなりました。ちょっと見づらいでしょうが、壁には「毛沢東思想万歳」と書いてあります。もうかなり前からこのような個人を崇拝するスローガンは禁止されて、すっかり見かけなくなっています。「毛沢東万歳」だったらNGだけど、「毛沢東思想」だからOKで今も消されずに残っているのかもしれません。

 


2001年5月、再び福利の町を訪れた僕は上の写真の壁を見てたまげました。この村は昔の骨董スローガンの宝庫のようです。
「○○批判四人組」と書いてあります。今ではまず見かけない「四人組」関連のスローガンが消されることなく残っているのは驚きです。1970年代末期の逸品です。もうほとんど消えそうで、風前の灯火ですが、とりあえず感動です。
僕は書画骨董にはまるで興味はないのですがこういう骨董は大好きです。だって文化財なら博物館や写真で保存されるけど、こんなものは風化にまかされて、時代と共に忘れ去られてしまうからです。

 


はい、みなさんもう退屈でしょうけど、僕の筆は走っています。もう止められません。この縦書きで書かれた珍しいスローガンは風雨に消されてほとんど読めませんが、かろうじて「人民公社…総路線…」の所が判読できます。なかなか達筆の太ゴシック体です。

 


こちらは福利村から1時間ほど歩いた双橋村の壁。「学習大寨根本経験、堅持無産階級政治挂師、毛沢東思想領先的原則、発揚自力更生、難苦奮闘……」と読めます。随分色んな事を詰め込んだものです。比較的新しいせいか割とはっきりと読めます。「大寨の経験に学び(大寨というのは70年代に飛躍的な農業生産を達成して全農民の模範になった村の名前です)、無産階級のなんたらを堅持して、毛沢東思想の原則も堅持して、自力更生(外国の力や他人の力を借りず独自にやること)を発揮して、一生懸命がんばりましょうという意味のことが書いてあります。

 


そして時代的に一番古いのはおそらくこちら。「○○○発展無産階級文化大革命○○大勝利成○」と書いてあるようです。ちょっと読めない部分があって不明瞭ですが、多分「文化大革命をがんばって発展させようね」と書いてあるんだと思います。文革を肯定しているスローガンは大変珍しいです。

 


で、最後に見つけたこれも無茶苦茶レアものです。「華主席是毛主席親自選定最○○的○○」です。華主席というのは毛沢東の死んだ後に後継者となった人で、毛沢東は彼に「あなたがやれば私は安心だ」という言葉を残しました。華主席は自分の権力を正当化するためにこの言葉を最大限に利用しました。で、このスローガンは「華主席は毛主席が自ら親しく選んだ人です」ということが書いてあります。当の華主席はあっという間にトウ小平に権力を奪われちゃったのでこのスローガンが残っているのは珍しいのです。

あーあ、だれも付いて来れないマニアックな話をしてしまいました。
ついて来れた方で珍しいスローガンの写真を集めている方はぜひご一報を。
だれも名乗って来なかったら、世界一の中国スローガンコレクターを目指してがんばって見ようかなと思う次第です。