揚州(Yangzhou)2002.8
 
この鑑真記念館があるおかげで揚州を訪れる日本人は多い。


何園の庭。平日なら観光客もあまりいないのでくつろげる。昔の住居も残っているので参観の価値はある。


個園の方はいかにも中国的なゴテゴテした岩が多い。何園に比べると見所は少ない。


痩西湖は痩せた西湖。西湖は杭州にある有名な湖で揚州のヤツは本物に比べると小さくて細長い。でも湖全部が公園になっていて一回りするのに半日かかる。


路地裏では七輪で昼飯の支度をしていた。


食べ物屋は多い。揚州料理は有名だが、安食堂で出された料理はしょうゆ味が濃くてまずかった。
■揚州について■
中国の町並みはこの10年の間にどんどん変わってゆき、綺麗だけど殺風景な都市がどんどん増えていきました。どの町に行っても程度の差はあれ似たりよったりの変遷をたどっています。
はじめにその町のメインストリートを拡張します。昔は二車線しかなかったのを六車線に広げます。広げるためには両側に立ち並んだ建物を壊します。すると裏にひそんでいたゴミゴミした家並みが露出してしまうのでそれも壊します。そしてその跡に巨大なビルディングを建てます。昔から植わっていた街路樹は全て引っこ抜きます。そして広くなった道に新しい苗木を植えます。立派な道が一本完成するとこれに習って次々と新しい道が出来上がっていきます。路地裏に広がっていたゴミゴミとした生活感のある家並みはどんどん失われてゆきます。
商店街を覆い隠すように立ち並んだ並木道。入り組んだ細い路地に寄り添うように生活する人々。その人々が一日三回野菜を洗いながら世間話する井戸。人がすれ違うのがやっとなほど狭い路地を、何か叫びながら通り抜ける人力車。その路地の家の門の前に椅子を出して夕涼みする老人。門の中から顔を出す子ネコ。合成着色料の派手な色彩が妖しげなジュースの瓶が並ぶ学校の前の駄菓子屋。店番をするのは不思議と品の良い白髪のおばあちゃん。
失われつつある古い中国の町並みが残る揚州。でもこの街は進化を止めたわけではありません。新しい町並みもあります。しかし、全体の調和を壊さないように上手に作られた緑あふれる町です。

■見所■
南に長江、西には大運河が流れる揚州は昔から交通の要所で、遣唐使の上陸地点になっていました。鑑真和尚が日本に向けて旅立った所でもあります。また江南の商業と文化の中心地として栄えたこともあって庭園が沢山残っています。
鑑真和尚ゆかりの寺「大明寺」は町の北西にあり、中には奈良の唐招提寺を模して作った「鑑真紀念堂」があります。また敷地内に庭園と「天下第五泉」という泉もあります。入場料20元で、塔に登るのに別料金が必要です。
庭園で有名なのは蘇州という町ですが、揚州にも「何園」と「個園」という有名な庭園があります。蘇州の庭園よりシンプルで上品な作りになっています。どちらの庭園も入場料20元です。
一番の観光地「痩西湖」は町の北西にあり、広大な公園になっています。入場料は32元ですが盆景園と共通の切符なので両方入れます。
大運河は隋の時代に作られた世界最長の運河で、町の東を流れています。汽車站から2路のバスで終点で降りるとフェリー乗り場があり、大運河を渡ることができます。でも見た目は普通のきちゃない川と変わりません。
他の見所には「文峰塔」(運河を見下ろす大きい塔だけど現在は工事中)、「普哈丁墓園」(イスラム教の伝道師の墓)、「揚州八怪紀念館」(清代に揚州で活躍した八人の画家の記念館)など沢山あります。一日ではとても回りきれません。
むしろこれらを回るよりは町の路地を気ままに歩いた方が面白いと思います。何園の回りや国慶路沿いは昔のままです。揚州賓館の南には運河があり、樹木が生い茂っているので気持の良い散歩道になっています。また揚州賓館の隣にある揚州博物館の庭では日曜日に骨董市が開かれます。

■交通■
鉄道も飛行機もありません。バスだけです。
バス停は町の南にある汽車站と南西にある汽車西站の二つがあります。南京方面へは汽車西站から、上海へは汽車西站始発のバスが汽車站にも停車しますのでどちらからでも乗れます。上海行きのバスは行き先が細かく分かれていますが、「フ(さんずいに戸)新客站」行きのに乗ると地下鉄漢中路駅のターミナルに到着します。一日1〜2本しか出ていません。所用4時間。
南京から揚州へ向かうバスは東站から出ています。所用90分。
市内の移動で便利なのは8路のバスです。汽車西站始発で汽車站を通り、国慶路を北上して揚州賓館の近くも通ります。


■宿■
外国人の泊まれる宿が限られているので宿探しは大変です。何軒も断られ、面倒だから揚州賓館に泊まっちゃいました。ツイン194元。衛星放送で日本のテレビが見れます。